天井にこびりついた血痕に洗浄用酵素剤をスプレーする。雫で体を濡らさぬよう、半分ずつ水をかけ雑巾で拭き取っていく。その後、窓や壁全体にも薬品をまんべんなく噴霧した。

泡と一緒に血痕が浮き上がってくるのを待つ間に、浴槽内に溜まっている赤い水を空にしようと思い立ち、栓を抜く。

「(やっちまった…)」

浴室内の水はそのまま排水管を通り集水桝へたどり着くと思っていたのだが、濁ってドロリと粘ついた赤い体液は生温かい感覚を残し、自分の足に絡みつきながら洗い場の排水口に収まっていった。

「(滑るなよ)」

何度も言い聞かせ、息を止めたままゆっくりとシャワーヘ近づく。なんとか無事にたどり着くと体液に浸った足元と洗い場の床を軽く流し、浴槽内にこびりついた血も洗い場へと促した。

足元のぬめりが取れると壁をスポンジでこすり始める。長年にわたって蓄積された汚れではないので撫でているだけで十分綺麗になる。

まんべんなく磨いたあと、洗い残しがないか確認しながら赤く染まった泡を水で流した。

次に浴槽を動かして内側と外、洗い場のタイル面を洗っていく。一般的に壁と浴槽の隙間に髪の毛やゴミが溜まるものだがそれがない。湯垢もほとんど付いていない、家主は普段から几帳面に掃除をしていたのがよくわかった。

ひと通り洗い終わると綺麗なタオルで水気を拭き取っていく。狭い密室は自分から発せられる熱気が充満している。汗と水気でずぶ濡れになっている雨合羽を脱ぎ廊下に置いた。

引き戸を開けっ放しにして浴室の窓から新鮮な空気を取り込んだ。この時、風と一緒に新たなエネルギーが部屋の中と体内を駆け巡る瞬間がある。そんな感覚に達すると作業はすべて終了だが、そこに至るまでは何度もやり直す。

「(よし。さすが俺、上出来)」

自分で自分を褒めることを忘れない。

道具をすべて玄関の外へ出し養生を剥がしてゴミ袋へ入れると、固く絞った綺麗なタオルで浴室の前まで廊下を拭きあげた。

外へ出てドアを閉め、手をドアノブからゆっくりと離し腰にあてた。ふと上を見上げる。

「(作業は終了。でもこれからが本当の仕事だな…。よし)」

自分に言い聞かせ道具入れとゴミ袋を持って車に向かった。

気持ちとは裏腹に空は僅かに泣きだしていた。