一通りの分別作業を終え、やっと窓が開けられる状態になった。異臭を放つ作業初期の時点から窓を開け作業をすると、当然近隣から烈火のごとくクレームが入る。干してある洗濯物に臭いが染み付くし、場合によっては部屋の中まで入り込んでしまうからだ。

部屋の窓をすべて全開にし、玄関の扉も大きく開放した。思っていたよりもいい風が入る部屋だ。

外の新鮮な空気を吸いに外へ出ると鼻と口を覆うマスクを外し首から下げ、自動販売機へ向かった。途中、収集運搬業者の車が目に入った。

「社長~」

「おう、社長じゃねぇよ」

「もういいじゃないですか~。親っさんも社長にしたって言ってんだしさ」

「親分の器じゃないし」

「親分じゃなくて、しゃ・ちょ・う。本当堅いんだから」

「分かったから、先行ってくださいよ。一服したらすぐ戻りますんで」

「あ~い」

ドライバーの山中さん。大手の収集運搬業者でドライバーが多く在籍しているものの、ほぼ全員が気さくを通り越して馴れ馴れしいスタッフばかりだ。まぁ、長い付き合いから生まれた信頼関係といえばそれまでではあるが。

自動販売機で水を買い車に戻った。ダッシュボードの上に放り投げてあったタバコから一本取り出して火をつけた。くわえタバコのままリュックを手元へ引き寄せ、中から替えのロングTシャツを取り出す。火をつけて間もないタバコを灰皿に押し付けて新しいTシャツに素早く着替えた。着替えを慌てる理由は早く現場に戻るためではなく、別にある。

二本目のタバコに火を付けると車の外に出た。ちょうどお昼時でどこの飲食店も客でごったがえしている。大きく体を伸ばし屈伸運動を軽くしたところで車に備え付けてある灰皿でタバコを消し、まだ半分残っている水を手にすると車を離れた。

部屋に戻ると山中さんは玄関前にあった洗濯機とトイレの前と中のゴミ袋をすでにトラックへ積みこんでいた。

「山中さん待っててくれって言ったのに」

そう向ければ、

「いやぁ~待ってるより動いてる方が楽なんだよ 」

笑顔で答えが返ってきたが、こちらは半ば呆れて苦笑いで首を振った。六十をとうに過ぎた山中さんを気遣ったつもりだったが気の使い方もあちらの方がずっと上手だった。

マスクと軍手を装備すると早速冷蔵庫と体液で汚れている畳を二枚、ふたりでトラックに積んだ。部屋に戻り畳がなくなった床を確認したところ、体液が染みている様子はない。汚れはすべて畳が吸い込んでくれていたようだ。

タンスの一段目を引き出して畳が下げられた床の上に置き、部屋の隅に置いてあったテレビやダンボールもそこに移動した。

山中さんが部屋に戻りふたりでタンスを運び出そうと持ち上げると、

「カタン」

と、タンスの裏から音がした。
音の主を探すべく一旦タンスをその場に置き裏を覗くと、音の主は茶色い木枠の小さな写真立てだった。手に取り見てみるとタバコのヤニで茶色がかったガラス面の向こうには芝生の上に立ち、風で飛ばないよう幅広の白い帽子を手で押さえながら優しく微笑む女性が写っていた。

「おっ、タイプだなぁ~」

向こう側から覗き込んだ山中さんが声を上げた。

「おっさん不謹慎」

と、山中さんをたしなめ、写真立てをダンボールの中に収めた。タンスと残っている畳をトラックに運び出し、ひとり部屋に戻ると衣類の袋をトラックの荷台で待ち構えている山中さんめがけて放り投げた。

「終わりだよー」

と声をかけると、

「あーい」

と軽いテンションの返事が返ってきた。

部屋を出て自動販売機で缶コーヒーを二本買い、山中さんのいる車に向かった。山中さんは車の荷台に落下防止用のネットをていねいに掛けている。

「おし」

とネットを掛け終え確認ができた合図とも思える声が聞こえた。

「お疲れ様でした」

と声をかけ缶コーヒーを渡すと『あーりがとー』と手にし、車の助手席から取り出した伝票を手渡された。

「後、残ってる作業は?」

と聞いてくる。

「依頼主に渡す遺品の整理だけです」

サインを書きながら答えると、山中さんは意味ありげに二回大きく頷いた。
伝票を手渡すと「ありがとう、じゃ、次もあるんで」と笑顔で言い、軽く頭を下げると車に戻っていった。

「またお願いします」

とこちらも笑顔でそれに答えた。

山中さんの車を見送ると、一服しに車に向かった。タバコに火を付け依頼主に現場引き渡しの時間について打ち合わせをすべく電話をかけた。