「高坂さん」
声のする方を見ると大家の女性が遺骨を両手で大事そうに抱えながら、こちらに向かっているのが見える。軽く会釈をして彼女の到着を待った。
「これです、よろしくお願いします」
「確かにお預かりしました。今後の進捗状況は改めてご連絡させていただきます」
女性から遺骨を受け取ると、「ハイ、助かりました」という返事と笑顔が返ってきた。
女性が見えなくなるまで見送る。それからトラックの助手席のドアを開け、リュックを足元に置いて遺骨をシートの上に乗せた。
「(さて…)」
辺りを見渡し誰もいないことを確認し、遺骨が収められている袋の紐をほどいた。桐の箱を開けると白い骨壷が見える。ドアをいったん閉めトラックの荷台に戻り、遺品が入っているダンボールの中を物色し始めた。
「(あった…)」
白い帽子を被る女性が収められている写真立てを取り出し、ウラ蓋を開け写真を抜き取ると、元主の写真も取り出した。そして助手席に戻ると木箱と骨壷の間に二枚の写真を収めた。最後に遺骨の袋を締め直すと素早くドアを閉めた。
辺りに誰もいないか改めて確認する。
「(いやいや、悪いことしてるわけじゃないし…)」
荷台のトノカバーを閉じて運転席に座る。この、助手席にいる予期せぬ同乗者が帰りの道中で転倒せぬよう、骨壷にもシートベルトをする。ようやくエンジンをかけるとタバコに火をつけた。深く吸い込むと大きくため息混じりに吐き出す。
「先輩、帰りますか」
助手席に座る無言の同乗者に声をかけると車はそっと動き出した。
運転席側の窓を全開に開けドアに肘を置いた。風が気持ちいい。
「(あれ? そういえば先輩の名前、なんだっけ? 郵便物に書いてあったが気に留めなかったな。それとなんでタンスの後ろに写真立てはあったのだろう。六十を過ぎたとはいえ、そう大きくもないタンスなら少しずらして手に取ることができただろうに。あ、もしかして変わり果ててく最愛の旦那さんを写真立ての中から見かねて、自らタンスの後ろに落っこったとか。なんてね)」
揺られながら妄想は拡がる。
「(奥さんのお墓、どこにあるんだろう。なぜ一緒にいられなかったのだろう。例えば若くして亡くなった奥さんの両親が、先輩も当時は若かっただろうから 『君もまだ若いんだから次の嫁さんを見つけろ、娘の遺骨はうちで面倒みる』なんていらぬ気遣いでそこで縁が切れたとか・・・。まぁ、わからんけど。とりあえず長年見続けた奥さんの写真と先輩の写真、一緒に箱の中にいれといたから。年の差婚みたいになっちまったけど)」。
すると、
「カタンカタン」
と、骨壷がフタを鳴らした。
「お? 返事しよった」
んな訳が無い。昭和の終わりに作られた古いトラックを車高短にしたこの車は足回りが堅い。第一それをいうなら、この骨壷はさっきからずっと喋っている。
そんなことを考えていると急に鼻の奥が重くなってきた。
「(やばい、風邪引いたなこりゃ・・・次から着替えは二枚用意することにしよう…)」
温まるものが食べたいな。スーパーに寄っての買い物は面倒くさい。鍋は? 冷蔵庫にあまってる材料でなんとかなるかな。よし、鍋にしよう。キムチ鍋だな。
これにて本日の晩飯は確定した。